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昭和という時代は、日本の歴史の中で、最も厳しい時代であった。 この時代に天皇の座に宿命づけられ、逃れることが出来なかった。 私の人生で、天皇に奉られることは私にとって死刑を意味していた。 私に代わる者の出現を、強く望んでいた皇太子青年期であった。 宿命は逃れる事の出来ない現実となった。 世界各国と世界の人々と親しく接して、尊敬する多くの知人があった。 それぞれの国力・技術・生産力・国土の大きさを私は良く知っておった。 多くの人々と多くの国に協力して貰い、日本の国を栄えさせて行く事が切なる私の希望であった。 夢は破れ、天皇としての仕事、親しき人々、国を相手に、戦争の先頭に立たされた時、自分の思いを殺す最悪に、自殺を幾度考えたことか。 しかし、国民は貧しく、身売りされる現実があった。 苦しみに耐え、国を良くしようと心条は違えども、国が生きていく道を模索している人々の前に、天皇の力は無力であった。 私は、天皇として飾られ、飾り物として生きる日々であった。 人民の上に立つ神である訳がない。 そんな私の写真を礼拝させられる民に、申し訳なく、少しでも民の苦難を私が生きていることに於いて、果たせるならば戦争の時代を生きた。 神と奉られる人間の悲しさ、自分の思いを殺して生きる空しさ。 神よ、私を殺してくれと祈る弱気な私であった。 恥ずかしい事ながら、神の言葉を、神の言葉を受け止める者があるを知り、書き留める呼びかけを受けて貰った。 私の人生は、人様の前で思いを噛み殺し、言葉を選び、天皇のお役を演じる空しい日々が、習慣となって行った。 人間らしく自分の思いを自由に話し、喜び、悲しみ、共に親しく暮らす時代の来る事を望んでいた。 その思いが死した今日に実現して、こんな嬉しい事はない。 戦争で多くの日本人が、又、外国の人が命を落とされ、家族の皆さんが苦しみ、戦争は失うばかりで益になるものは何も無い。 無益な戦争に突入していく軍部の意思を止める力も無く止める立場でもなかった。 戦争の責任は、すべて私にある。 私には国の意思を決定する、否定する権力はなかったのだ。 だからといって、昭和天皇として、戦争責任は無いとはいわぬ。 一切の責任を背負う役が天皇なのだから、これは宿命だろう。 日本の歴史は天皇があって、天皇の元に国としての礎がある。 これは日本の文化なのだ。 それは神に対して、最高に仕える者としての存在であって、人を支配する存在ではない。 神の希望を申し宣べる、それが天皇の本質なのだ。 希望が聞き入れられるか、希望が実現されるか否かは、これは国民が背負う宿命にあるのだ。 この様にして、日本の国は古代から天皇という座が存在して来た。 天皇という宿命を背負ったものは、これからも身を慎み、すべての人に神の愛を一身に受けて、人々に接する者であると、私は考えている。 まもなく八紘一字が完成する。 これは、一つの国を中心にして、八つの国に地球が整理されるのである。 それに向かって、すべての神々が生き、神は、新しい地球の創造にとりかかっておる。 一九九九年七月をもって、神々は救い上げる人々の選別を始めるのである。 本人は、気がつかないが、その時に分かる。 救うべき人には印がつけられる。 自分には印が貰えないと思う人は、今からでも遅くはない。 心を改め、氏神様や神社に詣で、お詫びの言葉、感謝の言葉、神の世が栄えるように思いを正し祈りなさい。 我欲のお願いをしては成らない。 一人一人の真心、マコトが通じるか否かは、その人の思いの正しさ、言葉の真心、行いの真心に掛かっているのである。 私が死んで、すべてが許され神の愛の中、天国にいる。 人は死んで、自分の命がすべて終わるものではなくて、異なる次元に移行するだけなのだ。 神の愛の中に入れるかは、その人の言葉、思い、行いが、正しいものであったか否かにかかっている。 人にはそれぞれなすべき使命がある。 その使命は、他の為に役立つということ、他の心を喜びに進化させたか、正しい心に向上させたかという事なのだ。 他の人に喜びを与える、これが神の愛に入る条件である。 人の心を奪うものは、駄目である、他国が日本に対して、戦争責任を問うている。 日本文化を害する者が、文化知識人といわれる人、新聞人、テレビ人の中、国会議員の中にもある。 一切の戦争責任は、私が果たした。 どうしてかと問うのか。 それは餓死した人、兵隊さん、他国の人霊に対しても心から詫び、一人一人に許して頂き、戦争犠牲者を、天国に案内して救ったのだ。 この人の協力も得たが、霊界でなすべき仕事を完了して、責任を果たしたのである。 その働きを神は認め、天国に入る事を許されたのである。 紙は大きく愛してくださる。 天皇でなければ、出来ない仕事は果たしたのである。 時代の流れというものがある。 侵略する者も、侵略される者にも時代の非がある。 共に非が有る。国交を開いた時点に於いて、全ての戦争責任は消滅する。 日本の戦争責任者の尊い命が処刑され日本戦争責任は消滅している。 日本の民として、日本に生まれながら日本を敵として、日本のお金で暮らしている者がいる。 これらの者は、大和の国に生まれながら一切のものと、調和する精神を学ばんが為に、縁あって日本に生まれた本質を悟らず、自分に与えられた使命を、忘却している退化人である。 人として、日本人として恥ずかしくないか、自分に問うてみる必要がある。 日本精神は何であるか、自分の言葉、自分の思い、自分の行は、山と精神の道を生きているのか、自分の心に問いなさい。 神の愛の中に招かれないという苦しみは、永遠のもの。 私は生きて、こうして霊言を送っている。 信じぬ者は信じなくて良い。 人を等しく愛するがゆえに、真実の事を申し宣べる。許されたい。 日本の天皇は尊い者である。天皇は国民の飾り物、象徴ではない。 天皇は人類の、心の模範である。 天皇の心を手本として、口を慎み、思いを正し、行いを正して生きなさい。 天皇は貴き者である。 天皇が人間宣言をいたしても天皇は神人である。 常に口を慎み、常に思いを正し、常に良き行いに心神人である。 天皇の心を学ばず心の手本とせぬ人は、神の中には入れません。 我が子の為に申しているのではない、日本人の宿命を申しているのです。 日本の民は己の言葉で世を汚し、己を汚している事に気づけよ、言葉を汚して使っては行けない。 日本の波動は、最も神々に届く言葉、神光透波(コトバ)に近いのです。 響きの美しさ、発音の多様性、言葉の意味の深さは、最も優れたものです。 透明な光の波を生むのです。 少し口を慎みなさい。 私はこれらの理由で、日本人が最も多く救われる事を願っている。 日本国は、最も多くの神を頂く神の国である。 八百万の神々を頂く国である。 大調和、神々が大調和する国である。 ここに一つの光を放つ者が誕生している。 人々よ、全世界の人々よ、生きる中で憎しみを燃やして、テロ殺人を行うをやめよ。 兵隊は愛和することに励めよ、戦争を放棄せよ、武器は自国を守るもにせよ。 他国を攻める武器は必要ない。 戦争を放棄せよ、他国、他民族に対する一切の憎しみを捨てよ。 心に一人一人の心に憎しみが無ければ、愚かな戦争は無くなる。 憎しみを持つ者は神の中に入る事は出来ない。 聖なる戦い、ジハードという許しは無い、神の国には許しはない、宗教の争い、宗教による憎しみは捨てなさい。 憎しみは神々と無縁にして、宗教に憎しみがあってはならない。 神の中に入りたい者は、憎しみを捨てなさい。 人の命を奪う為に人は生まれて来ない。 人を活かす為にのみに人は生まれ来る。 夫婦は夫婦として愛和しなさい。 家族は家族として愛和しなさい。 隣人は隣人として愛和しなさい。 民族は民族として愛和しなさい。 他国は他国と協力して仲良くしなさい。 資本主義も共産主義も神は認知しない。 神の認知は大調和主義にある。 人は皆大調和に向かって行進せよ。 喜びを人々に分け与えよ、全ては仲良く愛和して、生きることを希望として申し宣べておく。
宇宙船地球号は、霊界も現象界も目的はただ一つ、人口削減です。
このため日本は霊界の作用で少子化、外国は、武器消耗戦・戦争です。
日本の適正人口は7〜8千万人です。
生きることは、進化するため次元率を上げるため生きるのである。
この地球で日本人に生まれることが最高の救いである。 |